長野県原村「大橋ペンション」のオーナーが語る「ペンションヴィレッジ」と歩んだ歴史

“家族連れを受け入れよう”

——原村のペンションヴィレッジって、当時どんなお客さんが来ていたのでしょう?

大橋さん:当時はね、テニスブームだったんですよ。だから、テニスコートを押さえないと宿泊の予約をキャンセルされちゃう(笑)

壁にはテニスラケットが飾られていた

——景気もいい時代ですよね?

大橋さん:今と比べれば夢のような時代ですよ。若いお客さんが多くて、黙っていても部屋が埋まりました。

でも、そんな中で、ぼくらとしては“家族連れを受け入れよう”ということをコンセプトにしました。大変なんだけどね。料理にしても子供向けのものを用意しなきゃならないし。

——当時、お客さんを集めるツールってどんなものがあったんですか?

奥さん:デベロッパーでも宣伝はしていましたけどね。

大橋さん:デベロッパーがコンピューターで管理する予約センターを持っていました。最初は、そこからお客さんを紹介してもらいましたね。それが2〜3年ぐらい続いたんじゃないかな?

あと、原村の場合はペンションの軒数が多いことと、当時は“ペンションといえば原村”という意識が世間にもあったから、黙っていてもマスコミがよく取材に来たんですよ。

テレビの全国放送で情報を流してくれて・・・だから、ほかのペンションヴィレッジに比べると結構優遇されていたと思います。

ベッドが3台置かれた客室。木目の壁が美しい

——不動産デベロッパーが開発した、ペンションヴィレッジという形態は原村以外にもあったんですか?

大橋さん:清里や白馬もそうですね。あとは斑尾や飯縄。これらが、規模こそ違うけどペンションヴィレッジでした。その中でも原村は最大規模だった。

——長野県内の観光地の方にお話を聞くと、長野オリンピックが終わったあとに一気に景気が悪くなったという話をよく聞くんですけど、原村はどうでした?

大橋さん:ここは特に影響が無かったと思う。かわりに恩恵もほとんどなかったけどね(笑)

こちらはツインルーム

——経営していて大変な時期ってありましたか?

大橋さん:最初からずっと大変でしたよ(笑)。でも、“家族連れを受け入れよう”という思いでやってきたことによって・・・家族連れって子供が気に入ってくれるとまた来てくれるんですよ。つまり、リピーターになりやすいんです。

若い人は、「どうせ泊まるなら違うところにしよう!」となりがちなんだけど、家族連れは浮気しないっていうか・・・

奥さんがペンション内を案内してくれた

——でも、ここまで続いてきたことはすごいことですよね。だいたいどこの観光地もバブルがはじけた後はひどいことになってます。

大橋さん:ペンションがなんでもってるかっていうと、人を使ってないからですよ。家族でやってるから。経費で何が一番負担になるかといえば、やっぱり人件費ですしね。

中途半端に従業員を使った旅館やホテルは、人件費が大きな負担になっているんじゃないのかなぁ?

玄関を入ってきたところ

——ちなみに、今、原村には外国人旅行者はたくさん来ますか?

大橋さん:ペンションの経営者で、個人的にインバウンドを積極的に取りに行っている人もいるけど、相対的に見ると原村に外国人が大勢来ることはまずないですね。ぼくらもインバウンドは苦手かな(笑)言葉も出来ないしね。

——古くからのお客さんが結構多い感じ?

大橋さん:多いですよ。もう30年以上、開業当時から来てくれているお客さんもいる。そういうお客さんばっかりです。ここは。

玄関から談話室への入り口が続く

——今となってみれば“家族連れを受け入れよう”という取り組みが、すごく効いているということ?

大橋さん:そうですね。

奥さん:お客さんの子供が結婚して子供が出来て、親子3代で来てくれます。だから、私なんかからすると孫みたいなものですね(笑)小さな子供たちが「おじいちゃん! おばあちゃん!」って来るから。かわいいですよ。

 

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