長野県・遠山郷を原点に“故郷”を撮り続ける写真家!秦達夫さんの“これまで”と“これから”

作品作りについて

ここまで、秦さんが“写真”を撮るようになり、一本立ちするまでの経緯について聞いてきたが、自身の“作品”についてはどのようなスタンスで活動をしてきたのだろう?

作品は常に撮り続けています。地元である遠山郷の『霜月祭り』は、写真を始めた頃からだから、もうかれこれ20年間撮り続けていますね。僕には『故郷を残すことは大切なこと』という思いがあって、作品を撮る際の重要なテーマにもなっています

ということだが、写真を通して地元を知ってもらい、さらには訪れてもらいたいというような思いもあるのだろうか?

霜月祭りの作品は、写真集『あらびるでな』にまとめられている

「もちろん知ってもらうことは大切だし、観光客も増えたほうがいいと思います。僕は、霜月祭りを題材にした作品『あらびるでな』(同タイトルの写真集も出版)で、藤本四八写真賞を受賞しました

「でも、作品が多くの人に知られたことで、たくさんのアマチュアカメラマンが霜月祭りに押し寄せました。全員がそうだとは言いませんが、中にはまわりの迷惑も顧みずに傍若無人に振る舞うような人もいて・・・『僕がやってきたことは間違いだったのかな?』とも考えるようになったんです」という。

自身の写真集『あらびるでな』と『NewZealand』を持つ秦さん

「痛烈に感じているのは、もっと“写真家として認知される存在”にならなければいけないということ。『神事を撮らせてもらっている』という気持ちを忘れずに、マナーを守らない人たちに『ダメでしょ?』と注意したら『そうですね』って納得してもらえるような人間になりたい。その為には、もちろん“作品ありき”でもっと認知されなければならないわけです」

「そういう状況もあり、今は霜月祭りも昔みたいにガンガン撮らないし、正直なところ『もういいかな?』と思ってしまう自分もどこかにいる。でも、それを乗り越えるきっかけが何かあると思うんです。そうすれば、もっと深いところで写真が撮れると思います。それは今のところ、どうすればいいのかわからない。でも撮影は続ける。この先自分がどう変わっていくのか? それは僕にとって楽しみなことでもあるんです」と語ってくれた。

写真展『The Master’s Hands』

取材時に開催されていた写真展のタイトルは『The Master’s Hands』

おもに地元信州で“モノづくり”を続ける職人さんたちを撮影した作品群のことだ。

職人さんたちを撮影した作品

筆者はこの新しいシリーズにとても興味を持った。なぜなら作品として職人さんを残す”ことで、彼らが作る“モノも同時に見出される”と感じたからだ。それはまさに「故郷を残すことは大切なこと」という秦さんの精神とも合致するのではないか?

“花火職人”を撮影した作品。“手”が印象的だ(写真:秦 達夫)

「職人さんたちを撮るようになって嬉しいのは、彼らが自分の写った写真を見てすごく喜んでくれること。逆に“モノの向こうに人が見える”ということもあるので、そこを僕が撮っていくのは意味があることだと思っています

こちらは“皮職人”を撮影した作品

そして「写真表現で考えると、昭和の写真家たちが既にそのような(職人さんを被写体とした)写真をたくさん撮っているので、特に目新しくはないんですけどね」と笑う。

しかし、秦さんが同時代を生きる職人さんを撮影することと、昭和の作品が持つ意味とは異なるはずだ。そして、彼が培ってきたさまざまな経験が、被写体との関係、つまり作品に新しい眼差しを与えているのではないだろうか。

「そうですね。写真学校に行っていた頃を思い出しました。自分が撮影した瞬間が現像することで浮かび上がり、その写真を被写体となってくれた人が喜んでくれる。そういうダイレクトな反応を久々に感じました。ライブ感があるっていうか・・・共鳴しあえるんです」と語ってくれた。

被写体として協力してくれた“皮職人”さんが、写真展を訪れる。これも“共鳴”

今後について

「今年は、これまでに50回以上訪れている『屋久島』の写真展を開催し、写真集も併せて出版する予定です。『職人シリーズ』は、職人さんとの出会いがすべてという側面もあるので、情報をいろいろなところでキャッチしながら撮影を続けていくつもりです」ということだ。

膨大な取材回数に支えられている『屋久島』の作品群

「写真展に関しては、やっぱり東京、大阪、名古屋っていうのが外せないポイントとなるので、まずはそこで認められるように努力したい。そして、海外でも作品を発表したいという気持ちもある。もちろん、地元である飯田でも作品を見ていただく機会をこれからも設けていきたい」ということでますます期待が膨らむ。

最後にこれから写真家を目指す人、もしくはこれから何か新しいことをはじめようと思っている人へのメッセージをお願いした。

「そうですね。やりたいことをやること。やり抜くこと。・・・ですかね? やりたいと思ったことを素直にチャレンジできる人になって欲しいと思います。どんなつまずきがあっても、やるって決めたんだから、とことんやり抜く・・・・これを貫いて欲しいなと思います

終わりに

「故郷を残すことは大切なこと」という言葉が印象的だった。

この言葉に賛同する方も多いと思うが、あまりにも急激に変化していく時代や環境の中で、その具体的な方法をなかなか見出せないというのもまた現実ではないだろうか?

秦さんは、作品を撮り続けることでその思いを貫こうとしている。

霜月祭りの撮影について「今はどうすればいいのかわからない。でも撮影は続ける。そのことによって自分がどう変わっていくか楽しみ」と語った。

そんな秦さんの“これから”の作品を楽しみにしつつ、同じ時代に生きる筆者も「・・・とことんやり抜かなければ」と、勇気をもらう取材となった。

「やりたいことをやること。やり抜くこと」

秦 達夫(はた・たつお)プロフィール

1970年長野県生まれ。自動車販売会社退職後、バイクショップに勤務。のちに家業を継ぐために写真の勉強を始めるが、写真に自分の可能性を見出し写真家を志す。写真家竹内敏信氏の弟子となり独立。故郷の湯立神楽「霜月祭」を通して垣間見える自然の姿や気象がもたらす造形美を表現の対象としている。湯立神楽「霜月祭」を取材した『あらびるでな』で第八回藤本四八写真賞受賞。同タイトルの写真集を信濃毎日新聞社から出版。他に『山岳島 屋久島』(日本写真企画)

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