長野県小諸市に移住して遊園地の蒸しパン屋さん「粉花」を開店したわけ

「信州地粉の蒸しぱんあり〼 粉花(このはな)」

人口減少と大都市への一極集中が進む中、あえて“大都市ではない場所を自ら見出し、好きなことに生きる人たち”がいる。彼ら彼女らはなぜその地を選び、どのような暮らしで生計を立てているのか知りたい。連載『好きな場所で生きる』第3回をお送りする。

長野県小諸市といえば、小諸城址懐古園(以下、懐古園)が有名だ。

小諸城は平安時代に起源を持ち、戦国時代になって武田信玄の軍師である山本勘助によって縄張りされた城で、城下町よりも低い位置に築城されたことから、日本唯一の「穴城」であるともいわれている。

国の重要文化財に指定されている小諸城の大手門

明治になり廃城となったあとは、旧士族によって買い戻され「懐古園」と名付けられた。1926(大正15)年には、近代的な公園として生まれ変わり、現在では日本100名城、日本さくら名所100選、日本の歴史公園100選にも指定されている。

そんな懐古園にはちょっとレトロな遊園地がある。2018(平成30)年8月、その遊園地に蒸しパン屋さんがオープンした。それが「蒸しぱん+蒸しぱんまんぢう 粉花(このはな)」だ。

小さな子供向けのかわいらしくてちょっとレトロな遊園地

そんな遊園地の一角に建つ、売店用のスペースに開店したのが粉花

粉花の蒸しパンは味も多彩でカラフルだ

粉花をオープンさせたのは、一ノ木佳子(いちのき・よしこ)さん。三重県津市の出身で、1968(昭和43)年生まれ。三重県でパンとスープがメインのカフェを夫婦で経営していたが、2017(平成29)年8月に、長野県小諸市に移住した。

もともと、長野県や小諸市には縁もゆかりもなかったという一ノ木さんだが、ぜこの地に移住して、しかも遊園地で蒸しパン屋さんをはじめることになったのだろうか?

再婚を繰り返す母と、荒れていた少女時代

取材の冒頭、一ノ木さんに子供の頃のエピソードについて聞くと彼女は一言こう答えた。

「悲惨ですよ。聞くと泣いちゃうかも(笑)」

一ノ木さんの母親は2度再婚しているそうで、少女時代はずっと複雑な家庭環境で過ごしてきたそうだ。

「だから父親は3人いることになります(笑)。私はずっと母親と一緒でした」。ひとりっ子だったこともあり、母親が留守がちな家で「1人で図鑑を眺めているような子供」だったという。

粉花の店内で、仕込みの合間にお話を伺う

「中学の頃は帰宅部でした。でも、家に帰ると家庭内暴力・・・さらに、学校も荒れている時代でしたね(笑)。ドラマ『金八先生(※)』のリアルタイム世代なので。まぁ、私自身も荒れていたんですけどね(笑)

『3年B組金八先生』
武田鉄矢(たけだ・てつや)主演のテレビドラマ。中学生による妊娠・出産や、受験戦争、非行、不登校、いじめ、自殺などを取り上げた。

「中学1年の頃に、家出したことがあって、母親と別れた実の父親の家に行きました。母に対しては本当にひどい仕打ちだったと思っていますが、他に行く場所もなくて・・・その頃は、自分がなぜ生まれてきたのか、なぜ生きているのかわからなかったんですよ」と語る。

粉花は懐古園の児童遊園地にある。三の門を入った場所にある案内板

そんな生活の中で、一ノ木さんは高校受験シーズンを迎える。そして、その頃「親の背中にひたむきさを感じた」そうだ。

「そうそうそう! 尾崎 豊(※)の『17歳の地図』の歌詞ですね(笑)大好きでした。ちょうど受験の頃に、雨にも風にも負けず仕事に向かう母親の姿を窓から見て『きちんと受験して、高校には行っておこう』と思ったんです」

尾崎 豊(おざき・ゆたか)
ミュージシャン。社会や学校の中で感じる葛藤や、愛、夢、生きる意味などを赤裸々に表現した楽曲で、若者から圧倒的な共感を得る。1992(平成4)年に26歳で突然の死を迎えた。

校内暴力や非行が社会問題となっていた時期でもあり、中学を卒業し、そのまま社会人になる学生も珍しくなかった時代だ。

「まあ、私自身が荒れていたこともあって、その時の学力では普通科は厳しいし、私立に行くのも母に大きな負担がかかるから、公立高校の被服科に進学しました」とのことだが、高校生になっても悶々とした毎日を過ごしていたそうだ。

案内板のそばには手作りの粉花の看板も!

「あいかわらず生きている意味がわからなかった。『なぜ生きているんだろう?』と自問自答する毎日です。でも、答えは見つからなくて・・・」。そんな中、一ノ木さんは偶然に中学時代の友人と再会する。

「ある日、別々の高校に通っていた友達と偶然に電車で会って『バンドをやろうと思っているんだけどやってみない?』と声をかけてもらいました」。それまで、部活などはやったことがなかったそうだが、こうして高校2年の時にバンドをはじめることになった。

「レベッカ(※)のコピーバンドでボーカルを担当しました。メンバーは全員女子で、レディースバンドっていうんですか?」。しかし、バンドをはじめたことが一ノ木さんの人生において大きな転機となる。

レベッカ
日本のロックバンド。女性ボーカルであるNOKKO(のっこ)を中心に、思春期の心情をポップでキャッチーな楽曲で表現し大ブレイクした。

遊園地に向かう途中にはポニー乗り場がある

「バンドに誘ってくれた友達が通っていた学校に、一ノ木勝治(いちのき・かつじ)という人がいたんです。私の今の夫なんですけど(笑)。当時彼は、尾崎 豊とオリジナル曲を演奏するバンドを組んでいて、顔見知りになったんです」ということなのだが、この出会いから一ノ木さんの人生が大きく動き出す。

「彼と高校を卒業してから同棲することにしました」というのだ。

 

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