千曲川の堤防が決壊した長野県長野市・長沼地区で、父が興した工務店を引き継ぐ“覚悟”とは!?

オヤジの背中

工務店を営んでいた関さんの父親は昨年(2018<平成30>年)に亡くなったそうだ。そして、関さんが東京で働くようになったのは、父親の亡くなる少し前のことだったという。そこにはいったいどんないきさつがあったのだろう?

「僕が上京する時点で、親父は末期のガンでありもう長くないことがわかっていました。“設計の勉強がしたい”という目的はあったのですが・・・結局は親父の後を継ぐのが怖くて逃げたのかもしれません

家族と共に写る関さんの父親(右下・提供:関さん)

関さんは「これまで誰にも話したことはありませんが」と前置きした上で、「父親のようにやっていく自信がなかった」と告白する。つまり・・・もう帰らないつもりで東京に出たということなのだろうか?

「そこも微妙なのですが、自分の地元を捨てる・・・帰らないという選択もあるな、と思って上京したのは確かです。でも、あとから聞くと親父は『そんな考えは甘すぎるよと話していたそうです。僕には直接言いませんでしたが」と当時を振り返る。

そして、今回長野に戻ってくることを決めるまでの1年半、東京の建築設計事務所で働くことになるわけだが、そこでの働き方も含めて関さんは「これまでの自分の人生は中途半端だったかもしれません」と語る。

東京で働いていた頃の写真(提供:関さん)

「そもそも、僕は最初から建築の道に進んだわけではありません。なぜかというと親父は『手伝え!手伝え!』というばかりで、建築の楽しさをまったく教えてくれなかった(笑)。小さい頃から人手が足りないと現場にかり出される・・・そして、家業を継いで欲しいということも決して言いませんでした

関さんは、大学を卒業後サラリーマンなったそうだが、担当することになった営業職には向いていなかったとのことで、落ち込んで会社を休んでいた時期に父親から「仕事を手伝うか?」と誘われたそうだ。

そして、久しぶりに現場に出て仕事をしてみると「汗をかく仕事はなんでこんなに楽しいんだろう!?」と感激したという。

「現場にいた大工さんに『建築って楽しいぞ!』と言われて。なかなか“仕事が楽しい”と言い切れる大人って少ないじゃないですか? あと、建築は働いた分だけ確実に形になっていく。それがすごく面白くて・・・そしてシンプルなんですが、働いたあとのお風呂もすごく気持ちいいですし(笑)」と、そんなところから、建築の世界にのめり込んでいったそうだ。

かつて関さんは父親と一緒に働いていた(提供:関さん)

しかし、やはり気になるのは、それだけ気に入っていた仕事をやめてなぜ東京に行ったのかだ。

「さっきもお話ししたように親父の後を継ぐのが怖かったんでしょうね(笑)。それと、自分もかっこいい建築物を造りだしてみたいという思いがありました。だから、ある程度しっかりした建築家さんの元で修行しないとだめなんじゃないか? と思ったわけです。でも、それをするにはちょっと遅すぎたと今では思っています」

これからやっていくべきこと・やりたいこと

今回、被災したお客さんの家をまわってわかったことがあるという。

「親父が、地域の皆さんに本当に信頼されていたということを痛感しました。そんな親父の実績があったからこそ、僕が修理の仕事を引き受けることができたわけです」。そしてその結果、関さんは自分の居場所とやるべきことをハッキリと見据えたのだ。

かつて関さんがリフォームを担当し、工務店を継ぐきっかけとなったお宅の修理も進んでいる(提供:関さん)

「親父の作った家はじょうぶで壊すのも大変なんです(笑)」と関さんは笑う。「親父が死んだ後になって・・・親父の建てた家を壊す時になって・・・やっとどんな仕事をしていたのかハッキリとわかったわけです」

関さんはこれからの自分についてこのように語った。「まずは壊れた家を泥臭く粘り強く直していきます。もう本当に細かいところから・・・『このスイッチをどこにつけましょうか?』というところから徹底的にやるつもりです(笑)」と笑った。

お客さんの笑顔に勝るものはないと思っています」

忙しく現場をまわる毎日が続く(提供:関さん)

終わりに

自分の出身地や住んでいる場所が被災地になる。これは想像を絶する事態だ。

そんな人に対して「ハザードマップを見ろよ!」とか「リスク管理もできないの?」といった辛辣な意見も今回目にした。しかし、本当に安全な場所が今の日本のどこにあるのだろう?

自分の体験をストレートに赤裸々に語ってくれた関さん。長野に戻るまでの自分の人生を“中途半端”と表していたが、では、いったいそうでない人がこの世の中にはどれだけいるのか?

今回のイベント会場には、関さんの親戚で同世代、そして同じ地域に住むリンゴ農家さんも参加されていたが、被害の状況を質問すると「畑は全滅です」とひとこと。

これもまた“中途半端”な考えかもしれないが、彼らの今後を取材させて頂きたいと思った。それが、何の役に立つかはわからないけれど、災害を通じて偶然にも僕らは出会い、新しい“縁”をもらったと信じて。

さまざまな立場からガチな意見が飛び交う素敵なイベントだった

関連情報

  • 有限会社関工務店
    住所:長野県長野市穂保35
    電話・FAX:026-296-4643
  • CREEKS COWORKING NAGANO
    住所:長野県長野市西後町町並1583 リプロ表参道 1・2F
    電話:026-405-8353
    FAX:026-403-2474
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