犀の角の運営と演劇への立ち位置
ーー当初、経営的にはどうだったのでしょう?
初年度、つまり1年目からなんとか黒字になりました。現在は、売り上げの6割がゲストハウスで、2割が飲食、1割が2Fと3Fにあるレンタルスペースの家賃です。レンタルスペースは、ヒップホップのダンスチームやNPO法人が借りてくれています。

劇場+ゲストハウス+飲食スペース+レンタルスペース=犀の角
文化事業(劇場)は、入場料と上田市からの助成金を合算して、ほぼプラスマイナスゼロ。まあ、全体の利益は微々たるものですが、なんとかやっていけているという感じです。
ーー市の助成金というのは演劇に対して出るんですか?
事業ごとに申請するんですけど、上田街中演劇祭では初年度に150万円、去年は400万円ほど給付して頂いています。
ーーなるほど。でも、荒井さんは劇団を立ち上げたくて上田に戻ったわけですよね? 現在の演劇に対するご自身の立ち位置については、どう思っているのでしょう?
今は年に1回くらい作品の演出をしていますが、僕はやはり体が致命的に弱いので、現場でそんなに体力が続かないんですよね。
ーーはい。
でも、自分で劇場を経営することによって僕の代わりにこの劇場が・・・犀の角が演劇をしてくれているようにも感じるんです。
そして、プロデューサーという立場でもあるから、個々の作品の内容についても演出家や作家と相談しますし、制作費についてもこちらで用意することが多いので、とても深く演劇に関わっているという感覚があります。

「犀の角が演劇をしてくれている」と語る荒井さん
大学の頃のように、作品で自分の内面を表現しているわけではありませんが、僕がやりたかった“社会との接点や窓口としての演劇”というのは、劇場の存在を通して実現できていると感じています。
ーーすごくいいですね・・・現状においては、これまでの経験すべてが丸く収まった感じがします。
そうなんですよね(笑)。今は、“住職”として・・・この劇場に住んで劇場を守っているという意味で、自分のことを“犀の角の住職”と定義しているのですが(笑)、この場所で演劇を作ることができる環境を守っていると実感しています。

イベント開催時の犀の角
ーー犀の角では、地元だけではなく全国各地の劇団の公演も開催していますよね。
上田街中演劇祭などでは、意図的に東京や大阪、京都などの演劇が盛んな地域で活動している人達と、地元の劇団をシャッフルするようにしています。
そうすると地方で地道に活動している人たちの表現に、都会の劇団員たちが驚くこともあります。つまり演劇の価値観を問い直せる場にもなるんです。
だから、東京では不可能な表現でも、あまり演劇の色が付いてない上田という場所において、新しい表現として見い出していくこともできるんじゃないかな? と考えています。

イベント開催時にカウンターに入る荒井さん
ーー上田発の演劇ムーブメントですね。上田系と名付けましょう!
そう上田系(笑)。そんなことになったら最高ですよね。だからこそ、いろいろな価値観を持った人が共存しつつ、常に新しい人が入ってこられる場所にしたいと思っています。
必要な場所に劇場は現れる
ーー今後はどんな感じで活動していくのでしょう?
犀の角がいつまで続くかわかりませんが・・・実のところ長く続けたいという気持ちもあまりないんです。
ちょっと感じているのは、ヨーロッパでは200〜300年続いている劇場があるし、美術館であれば展示物を永久に保存していくことを使命としている・・・つまり未来永劫にわたって続いていくことが前提になっていると思うんです。
でも、その感覚は日本人には合わないのかな? と思います。日本の建物って木造も多くて火事や災害で消失してきたという歴史もあるし。

商店街の中にある犀の角
ーースクラップ&ビルドの文化ですよね(笑)。
そうそう(笑)。劇場も河原に小屋が建つみたいな感じで・・・なんか、仮設というイメージなんです。だから、僕は必要な場所に劇場は現れると思っていて、そういう感覚を持ちつつ犀の角をはじめました。
でも、やり続けないと地域は変わっていかないという実感もあるから、最低10年、できれば20年続けることができればいいなと思っています。
それ以降は僕の仕事ではないと思います。歳もとるわけだし・・・引き継ぐ人がいれば続ければいいし、いなければ消えてしまえばいいと思っています(笑)。

とはいえ犀の角は本日も営業中!
ーーなるほど。では今後、荒井さんが「俺はやっぱり劇団をメインにやるぜ!」みたいな展開になることはありえるのでしょうか?
あると思いますよ(笑)。自分が演劇を託す対象は今は劇場ですが、それが脚本になるかもしれないし演出になるかもしれない。ひょっとしたらダンサーになるかもしれないし(笑)。
ーーありえますね(笑)。お姉さんと同じ血が流れていますし。
(笑)。先のことは自分の中でも決めてないし・・・でも、とりあえず今は家族もいるから、あまり無茶はできないというのはありますけどね(笑)。
終わりに
犀の角は、1人の人間がいくつもの困難を乗り越え、好きなことをただひたすらに追いかけ続けた結果、上田という街に現れた奇跡みたいな劇場だと思った。
もしかしたらこの歴史ある城下町が、犀の角を必要としていたのかもしれない。

「犀の角のようにただ1人歩め」というのはブッダの教え
取材協力
- 犀の角
住所:長野県上田市中央2-11-20
最寄駅:JR北陸新幹線・しなの鉄道・上田電鉄別所線 上田駅から徒歩で約10分
アクセス:上信越自動車道 上田菅平ICから車で約10分
電話番号:0268-71-5221(7:30〜10:00/16:00〜21:30※10:00〜16:00は出られない場合あり)