ハナブサレザーの木下さんがバイクに乗ったサンタさん「ジングルライダー」になるまで

「神来鈴(ジングルベル)」発進!

僕の子供の頃って、街全体がもっと元気だったと思うんです。ところが今では、大人が元気をなくしている。それで、2010(平成22)年のクリスマスに、はじめてサンタクロースの衣装を着てバイクで走ったんです。

ーー唐突ですよね・・・なんでサンタだったんですか?

特に理由はありませんでした(笑)。でも、なんか街全体が元気を無くしているように感じて・・・衝動的に「なんとか元気にさせなきゃ!」と思ったんです。

その時は、ただサンタの格好をしてバイクでアップルロード(※国道153号線・飯田バイパスの愛称)を走っただけなんですけど、子供が手を振ってくれたりして・・・みんなを元気にさせたかったのに、逆にこっちが元気をもらいました。

衝動的にサンタのコスチュームを着てハーレーで走った(提供:木下さん)

あとで、そのことをブログに書いたら「もし来年もやるなら誘って!」という人が出てきました。そして、2年目には13人が集まったんです。その中には、わざわざ免許を取ってくれた人もいました。この年からグループの名前を「神来鈴(ジングルベル)」と決めたんです。

でも、ただ走るだけでは意味がないと思ったので、大型書店の駐車場で来店する子供たちにお菓子を配る。そして、アップルロード沿いにある名古熊(なごくま)交番に感謝状を作って持っていくことにしました。

ーーなぜ交番に感謝状を持っていこうと思ったんですか?

この活動は、暴走行為ではないということを伝えるため。そして、いつも子供たちの安全を守ってくれている警察官への感謝の気持ちを、子供たちから直に伝えて欲しかったんです。

それで、仲間の子供が交番で感謝状を読み上げたんですけど、怒られてしまって・・・交番に来たことも感謝状もなかったことにしてくれと言われました。

一緒に走る仲間ができて、神来鈴というグループが生まれた(提供:木下さん)

ーーでも、なんでアポも取らずに行ったんですか?

そこは、あえてアポなしで行きました。そんな時に、大人はどんな対応するのかを子供たちに見せたかったんです。

ーーそれじゃ確信犯じゃないですか(笑)

いやいや。いろいろな大人がいるということを伝えたかったんです。それは、僕たちのことも含めて、どっちがいいとか悪いとかではなく、さまざまな価値観をもつ大人がいるってことを見せたかった。

そんなこともありつつ、3年目にはバイクがなんと30台になっちゃたんです。

どんどんメンバーが増えていった神来鈴(提供:木下さん)

2年目は13人でバイクは11台でした。それでも並んで走ると100mにもなってしまう。単純計算しても30台だと300mになる。「これは、許可がいるのかな?」と思いました。

電話で問い合わせると、飯田警察署の交通課に行くことになりました。そこで担当の方に「木下さん。どうして“バイクでサンタ”なのかを教えて欲しい」と言われました。要するに「路面が凍結する時期だし、車の方が安全じゃないのか?」ということなんです。

僕が「いや、サンタクロースだってソリじゃないですか? だから、やっぱりバイクじゃないですかねぇ?」と答えると「・・・何がしたいの? 木下さんは?」と聞くから「僕は子供の夢を守りたいだけなんです」みたいなやりとりがあって(笑)

ーー話が噛み合ってない(笑)

「やっぱりバイクじゃないですかねぇ?」と木下さん(提供:木下さん)

(笑)。でも「子供たちを元気にしたいんですよ。そのためにも賑やかにやりたいんです」と伝えたら、わかってくれました。そして「木下さん。覚えていると思うけど去年、名古熊交番に感謝状を届けに来てくれたこと。申し訳なかった」と謝ってくれたんですよ。

ーーおー!

それで「どうせやるのなら・・・今年も感謝状を頂けるのなら、交番なんかじゃなくて飯田警察署に来てくれ」と言ってくれたんです。

「警察は年末年始が特に忙しい時期なので、“激励に来た”という形にして欲しい」ということでした。「おまわりさんを応援にきました!」とバイクが集まって、「頑張ってください」と子供たちがお菓子を渡す。つまり、担当の方が「木下さんたちが誤解されないように」と配慮してくれたのだと思います。

飯田警察署で感謝状を手渡した(提供:木下さん)

だから、3年目はすべてうまくいきました。みんなで飯田署に感謝状を持って行き、児童保護施設や、病院に入院している子供たち、あとは老人ホームでもお菓子を配りました。

そして、4年目にはさらに活動が加速していったんです。

ーー加速というと?

僕は趣味でギターの弾き語りをやっているんですけど、飯田市で毎年開催されている音楽コンテストに出場したら、その年のグランプリを獲ったんですよ。

木下さんがグランプリを受賞した音楽コンテスト「The FINAL」(画像:公式webサイトより)

ーーすごいですね!

偶然にもその年、飯田警察署で「交通安全の歌」を作るという取り組みがあり、グランプリを受賞した僕が作曲をすることになりました。作詞は警察官の方にお願いしましたが、踊りの振り付けも僕が考えたんです。

完成した『子供交通安全の歌』は、子供たちに踊ってもらってショッピングモールで発表しました。その時からですね、サンタの格好をして、お菓子を配りながら“交通安全活動”をするようになったのは。

活動が活発になっていくなかで、仲間から「お前はハーレーに乗るな」と言われました。つまり、「でかいバイクに乗っていたらイベントに人は集まらないぞ。原付にしとけ」という意味でした。一理あるなと思って乗り換えたら、さらに人が集まるようになりましたね。

大型バイクのハーレーから・・・

原付にチェンジ!

「ジングルライダー」が子供たちを守る

その頃、アップルロードで小学生を巻き込む大きな事故が発生しました。小学生は自転車に乗っていたそうなんですが、子供向けの自転車の安全教育が行き届いていないように感じたんです。

ーー自転車の安全教育って学校がするものなんですか?

そうです。問い合わせてみると、決められた安全教育はしているということでした。でも、先生たちはとても忙しいので、多くの時間を割くことはできないわけで・・・だったら僕は自転車の安全指導員の資格を持っているので、指導させて欲しいとお願いしたのですが、断られました。

いろいろな方に相談したら、「木下さんは正しいことをしていると思う。でも、神来鈴の活動は冬だけでしょ? 1年を通してがんばって活動してごらん」と、皆さんにアドバイスされたんです。

ーー季節限定ではなく、通年で交通安全活動をしろと?

そういうことです。それで仲間と相談して「サンタクロースが春夏秋にいるのはおかしいよね」ということになり、『仮面ライダー』をモチーフにして「ジングルライダー」と名乗って活動することにしました。

ジングルライダーの交通安全活動(提供:木下さん)

ーー『ジングルベル』+『仮面ライダー』=ジングルライダーってことですね

1年間を通して活動した結果、これまで呼ばれなかったイベントにも参加して欲しいという要望が増えました。メディアもさらに応援してくれるようになり、より多くの人たちに存在を知ってもらうことができました。

そして、この活動への賛同者も増え続けていて、今では子供たちからファンレターをもらうこともあります。

ハナブサレザーの工房には、子供たちからの感謝状が貼られている(提供:木下さん)

今後について

ーー今後についてお聞きしたいのですが、まずは仕事であるハナブサレザーはどうしていきたいですか?

後継者を育てたいですね。これまでは自分の技術を誰かに教えるのが嫌だったのですが、最近は「人を育ててこそ1人前」と思うようになりました。今、ちょっと本気で育てたいと思っている子がいて・・・「これは縁だな」と思っています。

作り方を覚えるのも必要ですけど、他人が真似できない表現力を確立するのが一番大切です。そうなってくれればいいなと思っています。

後継者ができたら、自分はジングルライダーや、社会貢献活動をもっとやっていきたいですね。

工房にて製作中の木下さん

ーー社会貢献という言葉が出ましたが、ジングルライダー以外にもやりたいことがある?

今は、ジングルライダーとして「子供たちの夢を守る」「交通安全を守る」この2つの活動にしっかりと取り組みます。そして、工場長が言っていた「命があったということを忘れないで」というメッセージを子供たちに伝えていきたいです。

そして、僕の最終的な夢は村を作ることなんです。

ーー村!? また唐突ですね!(笑)

(笑)。みんなで共同生活をしながら野菜を作り自給自足をして、木のおもちゃを1年間かけて作る。そしてそれをクリスマスプレゼントとして子供たちに配る。つまり、本当のサンタクロースになって死んでいく。それが僕の夢です。だから、今はサンタとしてはまだ見習い中なんです。

ーーすさんだ大人の意見としては、今のちょっとガラが悪くて悪者チックな出で立ちが、妙に小綺麗になって欲しくないという思いもありますが(笑)

悪者チック(?)な出で立ちは健在!?(提供:木下さん)

わかってます(笑)。でも、あいかわらず僕は何かトラブルがあると燃えてきちゃうんですよね。そこは全然変わってないし、この先も変わらないと思います。

偉い人の中には、現状を変えないことの理由として「俺はあと何年かで退職するし、養う者があるからね」とか「リスクを背負いたくないんだよ」と、平気な顔で言う奴がいますからね。

ーー戦いますか?

「お前! 子供たちの前で絶対にそんなことを言うなよ!?」って言い返していますよ(笑)。これからもジングルライダーは戦い続けます!

戦え!ジングルライダー!子供たちの夢を守るために(提供:木下さん)

終わりに

熱くて前のめり、そして正面突破で“現状維持にとらわれている者”へと挑み続ける木下さん。

「大人に元気がなければ、子供たちの夢を守ってあげられないんです」

胸を打つ言葉だと思う。そして、実にその通りではないだろうか?

子供たちはかっこいい大人に憧れるよね?

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